なんか『良いこと書きたい病』にかかっています。
だって、なんか今周りが絶賛noteブームなんですもん!
以前ブログを書いていて「みんなもブログ書こうよ!楽しいよ!」って宣伝して、LTまでしても誰も書いてくれなかったのに、今絶賛noteブームなんですもん!

鋭い切り口で文章書いて、めっちゃすごいと思われたい!!
面白い文章書いて、「アナタ文才あるね」とか言われたい!!
あわよくば、文章書いて小金稼ぎしたい!!

ただそう思えば思うほど『なんか良いこと書きたい病』は重症化して、筆は重くなる一方。
なのでリハビリの一環として、とりあえず好き勝手書いてみることにしました。
ただ、この『なんか良いこと書きたい病』は本当に厄介で、
「何かを届けなければ」
「有益なことを書かなければ」
「誰かに読まれなければ」
という良い顔したい自分と、
「自己満足になったらどうしよう」
「こんな事書いたら馬鹿にされるのでは?」
「なんか批判がきたらどうしよう」
という嫌われたくない自分でがんじがらめになって、何も書けなくなるんですよね。

でも、読みやすくて素晴らしい文章を書くなんて一朝一夕では無理じゃないですか。
それに、いつからかSNSやブログって小金稼ぎやブランディングのツールになっているけど、もっと自由であっていいんじゃないでしょうか。
というか、そうあって欲しい。
つい何かを発信することは結果を出した人だけしかできないものと勘違いしてしまうけど、「自分はこう思う」という意見表明でも良いかなと思うんです。
まずは書くこと。
自分の半径5メートルを遠く離れた誰かの半径5メートルと繋げてくれるのがブログの魅力のひとつなんじゃないかなと思っています。

あなたの日常も誰かにとっては非日常。
この前、マヤ暦の占いをされている方にお話を聞きました。
占われる側としては生年月日さえお渡しすれば、ペッ、とデータ的なものをはき出してくれるものと勝手に思ってました。
しかし、それ実は分かるのはキーワードだけで、そこから導く人間像などは占いをする方のキーワードをもとに紡いでいくそうです。
だから、同じものを取り扱った占いでも、占う人のフィルターを通すので、そこに個性が出てくるわけです。
僕からしたら、この話めっちゃおもしろいんですが、多分当人からしたらコレ普通のことなんでしょうね。
逆に自分が非日常の時に誰かの日常に触れて心が落ち着くことがあったりします。
実は先月、先々月とプライベートで色々と大変なことがあって心が休まらない日々が続いていました。
自分の力ではどうにもならなくて、気が急いて落ち着かない。
そんな時に僕の心を落ち着けてくれたのが、どこかの誰かのただ日々あったことをダラダラと話すポッドキャストでした。
話していることはなんてことないのですが、どこかで穏やかに過ごしている誰かの日常に触れることで自分も穏やかになったんですよね。
分かりやすさ、伝わりやすさ等はあるかと思いますが、その文章を有益と感じるかどうかって多分受け手次第のような気がしています。
別に正しくなんかなくていいし、友達に話すように「自分の好きなことや得意なことや気になることについて、自分はこう思うぜ!」と伝えるだけでいい。
面白い文章“だけ“があるんじゃなくて、ボクとアナタの間に面白い文章があるような、そんな気がしています。
と、ここまで久々に思いのまま文章を書いていたら何だか恥ずかしくなったので、バランスとらせてください。
おっぱい
それでは良い週末を。